西岡常一が書いた『木のいのち 木のこころ』について☆彡

宮大工の歴史

こんにちは。白鳳社寺広報インターンの永野です。

今回は西岡常一が書いた本の「印象に残ったところ」「白鳳社寺のこだわり」について交えて紹介していきます。

まず初めに「西岡常一」とは!?

法隆寺の昭和の大修理を支えた大棟梁であり、日本を代表する宮大工、西岡常一。彼が遺した『木のいのち 木のこころ』は、技術だけではなく、木と真摯に向き合う思想や生き方を説いた一冊として今もなお語り継がれています。西岡氏は宮大工を単なる『技術者』ではなく、『自然と人をつなぐ架け橋』として捉えていました。その信念は建築の枠を超え、現代のものづくりや日本の伝統文化に多大な影響を与え続けています。

次に「印象に残った所について」です。私が一番印象に残ったところは3つあります。

まず1つ目は「木は切られたあとも生きている」という考え方です。

木をただの材料として扱わず、「どこで育った木なのか」「風を受けていた向き」「日当たりや湿気」など木の一生を考えながら使うことが、建物の寿命を決めると語っています。

白鳳社寺では、大型機械のように機械のパワーで木の繊維をちぎるように加工するのではなく、良く研いだ切れ味の良い刃物で木の繊維を切っていきます。大型機械に合う木材のみを使用するのではなく、それぞれ個性を持つどんな木も大切に使います。このように木にはそれぞれ個性があり、適用適所で木を使い分け、木は切られたあとも生きているんだと思いながら大切に木を扱っている所は一緒ではないかと考えます。

2つ目は「技術は心がなければ意味がない」という考え方です。

どれだけ高度な技術を持っていても、「木を思う心がなければよい建物はできない」。ここでは職人の技量以上に人間性が問われていることが伝わります。

白鳳社寺では使用する木材は主に天然乾燥材を使っています。 機械乾燥は木材に無理をさせながら乾燥させた木材です。 これでは木材の状況が変わってしまいます。このように木材に無理をさせないように工夫し、木1本1本を大切に使っています。

3つ目は「伝統は守るものではなく、結果として残るもの」という考え方です。

「伝統を守ろう」と意識しすぎるのではなく、正しい姿勢で仕事を続けた結果として伝統は残るという考えも印象的です。


白鳳社寺では、建物を建てるときに仕口継手の位置が部材ごとに重ならないように組上げて行きます。継手仕口をずらして架構の設計をすると現場で組み立てるときに組みにくい架構になります。先代はよく言っていました。「伝統建築は組みにくいほど壊れにくい」と。設計段階より組み立て安さよりも加工の堅固さを優先するのが白鳳社寺の仕事です。

最後に

西岡氏は、法隆寺の宮大工棟梁として、木を「材料」ではなく「いのちあるもの」として扱い、自然に逆らわないものづくりを貫いた人物です。
その思想は『木のいのち 木のこころ』に表れ、技術だけでなく、職人としての心構えや生き方の大切さを伝えている本だと感じ、彼の言葉は、宮大工の世界にとどまらず、日本の伝統文化や現代のものづくりにおいても、今なお深い示唆を与えていることが分かりました。

今回は西岡常一の『木のいのち 木のこころ』を取り上げました。

次回も、ぜひ皆さんに知ってほしい本がありますので、紹介させていただきますね!

https://morinokakera.jp/?p=39279 写真引用(閲覧日1月21日)

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