小川三夫が書いた「棟梁」について☆彡

宮大工の歴史

こんにちは。白鳳社寺広報インターンの永野です。

今回は小川三夫が書いた本の「印象に残ったところ」「白鳳社寺のこだわり」について交えて紹介していきます。

まず初めに「小川三夫」とは!?

日本の社寺建築と人材育成の両方に大きな足跡を残した人物です。関わった代表的な仕事は法隆寺昭和の大修理を行いました。また鵤工舎(いかるがこうしゃ)を設立し、その教えを「現場と教育に落とし込んだ棟梁」として知られています。宮大工の技と心を現場から未来へつないだ棟梁として知られています。

次に「印象に残った所について」です。私が一番印象に残ったところは3つあります。

まず1つ目は「木を先生として見る姿勢」という考え方です。

人が木を支配するのではなく、「この木は、ここでいう使えと言っている」という考え方が強く印象に残ります。

白鳳社寺ではこの軒先の曲線を建立時のまま維持できるように架構にもこだわりを持っています。
そのこだわりとは、垂木1本1本を装飾材としてだけでなく構造材として荷重を負担させ、「桔木だけに頼ることなく垂木も同時に軒先を支える」というものです。

2つ目は「教え方が具体的で分かりやすい」という考え方です。

感覚や精神論だけで終わらせず、なぜそうするのかを現場の作業を通して伝える棟梁という存在がいます。

白鳳社寺の仕事の実績は、新築工事の件数が多いです。
この白鳳社寺の特長の理由は西岡常一より言われていた話がありました。
「堂宮大工は木の癖を組むことが仕事。文化財修理は切った貼ったが多いので、文化財の仕事には手を出すな。」
白鳳社寺では、その教えを守り、可能な限り新築工事の仕事に取り組んできました。

3つ目は「人を育てることを仕事の中心に置いた点」という考え方です。

建物よりも「人が残れば技術は残る」という考えで、鵤工舎を通して次の世代を本気で育てていました。

白鳳社寺では未経験でも活躍できるサポートがあります。1つ目は「オリエンテーション座学」です。2つ目は「研鑽手当」です。3つ目は「社員全員の意識を人材育成に向けるための声がけ」を行うことです。宮大工は昔から技を見て身につけるのが当たり前になっているので積極的に教えてあげる人がいません。だから、声をかけてあげられる人がいると良いなと考えています

最後に

今回、小川三夫の考え方を通して感じたのは、社寺建築とは「建物をつくる仕事」であると同時に、「人を育てる仕事」でもあるということです。
木と向き合い、木の声を聞き、そしてその技術を次の世代へ伝えていく。その姿勢は、白鳳社寺の仕事や人材育成の取り組みにも深く通じていると感じました。
建物だけでなく、人と技術が未来へ残っていくこと。それこそが、社寺建築の本当の価値なのではないでしょうか。

https://yoshinochoboku.com/dialog2-1/ 写真引用(閲覧日1月21日)

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